
さくらんぼ、オウトウ、チェリーのちがいは?
さくらんぼ・・・オウトウの実(果実)のこと、語源は「桜坊(さくらんぼう)」の「う」が落ち「さくらんぼ(現在)」になった。
また、その果実のかわいらしさを「さくらの坊(こども)」と見立てて呼んだことから。
オウトウ・・・・植物分類学での木そのものの呼び名で、語源は漢名の「桜桃」から。
チェリー・・・・・英名
(cherry)
さくらんぼの栄養素とその効用
さくらんぼの成分(可食部100gあたり)
| エネルギー | たんぱく質 | 脂質 | 糖質 | 繊維 | カルシウム | リン | 鉄 | ナトリウム | カリウム | カロチン | ビタミンA 効力 |
ビタミンB1 | ビタミンB2 | ナイアシン | ビタミンC |
| 54kcal | 1.0g | 0.2g | 13.2g | 0.3g | 13r | 17r | 0.3r | 1r | 210r | 42μg | 23Iu | 0.03r | 0.03r | 0.2r | 10r |
その他にアミグダリン、ソルビトール
甘味成分としては、転化糖、蔗糖
酸味成分としては、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸などを含む。
さくらんぼの効用
・さくらんぼは栄養価の高い果物とはいえませんが、その小さな果実にもたくさんの種類の栄養素が含まれています。
(その中でも鉄分、カロチン、カリウムなどがほかの果物よりも多く含まれています。)
・中国ではすでに唐の時代から咳止めとして使われていて、さくらんぼの効用を漢方では「一切の虚症を治し、元気を補う効力があり、皮膚を滋養し、潤す」としています。 さらに、強壮剤としての効用もあり顔色をよくし、美人をつくるといわれています。 また、消化を促進する働きもありますから、体が弱っている病後や疲労のため食欲がないときにもよい食べ物です。
| 鉄分 | 貧血・疲労回復・冷え性に効果があります。 |
| カロチン | 眼精疲労・肌荒れ予防などに効果があります。 |
| カリウム | ナトリウムを体外に排出を促進させ高血圧を予防、さらに利尿作用を発揮してむくみ予防や慢性腎炎等にも効果があります。 |
| アミグダリン | 咳止め、痰きりなどに効果があります。 (1日約10個食べるとよいでしょう) |
| ソルビトール | 便秘の予防と解消に効果があります。 |
オウトウの歴史と分類
原産と来歴
| オウトウは植物分類学上 | バラ科 | に属する果樹 |
| サクラ属 | ||
| ウワミズザクラ亜属 | ||
| ミザクラ区 |
| 経済栽培が行われている二系統 | |
| ヨーロッパ系 | 東アジア系 |
| 甘果オウトウ (セイヨウミザクラ) |
中国オウトウ (シナノミザクラ) |
| 酸果オウトウ (セイヨウスミノミザクラ) |
|
ドーカンドルは
・甘果オウトウの原種の分布はペルシャ(現イラン)北部、コーカサス山脈の南部、スウェーデン、イタリア、スペインに及ぶとされている。
・酸果オウトウは黒海沿岸地方からイスタンブールあたりが原産地であろうとされている。 しかし、酸果オウトウのなかのマラカスカチェリーは、オーストリアから南部ドイツにも野生しており、かなり原生範囲広いのではないかと推測している。 また、酸果オウトウは、前史時代に甘果オウトウの偶発実生から出発したのではないか、とのべている。
さらにバビロフによると
コーカサス地方は多様な果樹のふるさとであり、甘果オウトウや酸果オウトウの野生種の原生が、多くの人により確認されているという。
以上を総括すると
ヨーロッパ系のオウトウ
・甘果オウトウ・・・イラン北部からヨーロッパ西部にかけての山地が原産地とみられる。
・酸果オウトウ・・・黒海からトルコのイスタンブール辺りにかけてが原産地とみられる。
東アジア系のオウトウ
シナノミザクラと白花シナノミザクラとが知られているが、いずれも原産地は不明。
中国では、漢名の桜桃がこのシナノミザクラを指すように、中国全土にわたって古くから栽培されていたもようで、前漢時代(BC206〜AD8)頃から宮廷の果樹として特に重要視されていたという。
しかし、中国における桜桃はユスラウメとの混同があったことも指摘されており、そのくわしいことは解明されていないが、いずれにせよ、これに類似したものは中国以外で見つかっていないことから、中国内のどこかに原産地があり、中国において選抜などが行われ、その結果、今日のようなシナノミザクラが残された。
栽培の歴史
オウトウの栽培が何世紀ごろから行われていたものか、それを示すはっきりとした記録は見つかっていない。
推測としては、上古時代には、北部温帯地方一円にオウトウが野生し、これらの果実(種子)が人間や鳥獣などによって方々に伝播されたのではないかとされている。
ブドウなど人間とのかかわりあいの古い果実(木の実)は、原生中心地から西へあるいは東へ伝播され、それぞれ長年の間に微妙な変化をしながらある地域に定着しているが、こうした例からすれば、オウトウの栽培も同様な方法によってしだいに広がったものと想像される。
これらを裏づけるものとしては、スイスの湖棲民族の遺跡や、南ヨーロッパの前史時代の地層堆積物から古いオウトウの核が発見された。
栽培の歴史について記録がやや確かなのは酸果オウトウで原産地はアジアであり、ここからギリシャ、ローマに伝えられたのであろう。 ギリシャが小アジアから輸入栽培したのは事実のようで、テオフラストスが書いたという『植物の歴史』のなかにはオウトウの記事が見られるという。
諸外国の栽培史
ヨーロッパにはオウトウ栽培について古い歴史をもつ国々が多いが、なかでもイタリアにはローマ帝国時代(紀元前65年頃)、ルカルス将軍がセラサスでみつけたという酸果オウトウの栽培普及記録があり、その後これがヨーロッパ各地にひろがったという。 たしかに、ドイツやイギリスでもローマから輸入したオウトウが増植され、改良が加えられたようで、16〜17世紀頃には、オウトウに関する著書が発行され栽培も盛んになってきたといわれる。
アメリカにおけるオウトウ栽培は、北アメリカに移民したイギリス人、オランダ人によって始められたとする説と、同じくフランス人移民によるとする説がある。 いずれにしてもアメリカにおけるオウトウ栽培は、果樹のなかでも古い歴史をもち、18世紀のはじめにはカリフォルニアやオレゴンに大栽培地をみるようになり、熱心な研究者により台木や新品種の育成がはかられ、19世紀にはアメリカのオウトウは著しい発展をとげた。
中国では甘果オウトウ、酸果オウトウのほかに中国オウトウ(シナノミザクラ)、毛オウトウ(ユスラウメ)が果樹として取り扱われており、中国オウトウは前漢時代から宮廷の果樹として特に重要視されていた。 現在でも長江流域、大炮山麓に野生林があるという。
日本の栽培史
オウトウは本来、日本在来の果樹ではなく、明治6,7年頃に勧業寮派遣の中国農事視察団の一行が桃苗木と一緒に持ち帰ったシナノミザクラがオウトウ輸入のはじまりとされている。 また、明治7,8年頃に政府がアメリカ、ヨーロッパから多数のオウトウ品種(甘果オウトウ・酸果オウトウ)を導入し、三田育種場において苗木を養成し、これを東北、北海道その他の諸県に配布して栽培させた記録がある、これが日本にオウトウが渡来したはじまりであろう。 その後、政府や民間人の努力によってたびたび諸外国から輸入がはかられ、東北、北海道、甲信地方で栽培が普及した。
オウトウの歴史と分類・・・執筆 渡部俊三(山形大学)
